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【映画評】劇場版"文学少女"

2010年05月14日 00:01

文学少女

原作は未読。
エンターブレインの10周年作品だという本作。

良くも悪くもラノベらしい作品でした。

映像はそれなりに美しかったけど、
細かなところがイチイチ気になってしまった。

「ご覧の通りの文学少女よ」と遠子が自分のことを語るシーンがあるが、
別に見た目は「文学少女」かどうか良く分からない。
三つ編みで本を持ってるからと言って、
それが「文学少女」に直結するわけではないでしょう。

例えば、野球のユニフォームを着ている少年だったら、
「ご覧の通りの野球少年だぜ」で通じます。
ランドセルを背負っている少女だったら、
「ご覧の通りの小学生よ」となって、ビジュアルからも判るのだけど、
「文学少女」という見た目では判断出来ないものを、
決めセリフのように言われてもなぁ……と思ってしまいました。

観ていて言葉の説得力がないのです。

小説だったら、脳内補完で全然OKなのだろうけど、
ビジュアルが「答え」として出てしまう映像作品にとっては、
このようなセリフは致命的だと思う。


本を食べる設定も良く判らない。
それだけ文学に対する愛情が深いんだろうけど、
設定が設定として生かし切れていない。

食べることによってドラマが生まれたりしなければ、
それは作者の思いつきでしょう。

『北斗の拳』のケンシロウ。
胸に七つの傷があるけど、これはなぜか?
ドラえもんは、なぜ青いのか?
なぜ耳がないのか?
『名探偵コナン』のコナン君は、
なぜ背が低いのか?

成功している作品は、すべてキャラの設定がドラマに生かされています。


あと、大筋のところでも、
分裂気味だと思ってしまった。
「天野遠子の卒業」と「朝倉美羽の騒動」が縦糸にあるんだけど、
うまく二つの話しがからみ合っていかない。

「天野遠子の卒業」は、「朝倉美羽の騒動」がなくても成立するし、
逆もまた真なり。

文学……と言っても、この映画では宮沢賢治しか出てこないが、
文学をモチーフにした青春劇で掴みは面白そうだったんだけどな。。。

ちょっと残念な映画でした。

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(2010/05/01)
伊藤真澄

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コメント

  1. 文学少女 | URL | -

    なるほどー

    最初の言葉については、私も最初に原作を読了したとき、とてもおかしく思いました。
    ですが、自分自身が文学を愛していることを、彼女は誇りに思っているんです。自分が文学少女であるという位置づけを築きたいから、と言い始めたことが口癖になってしまったとしても、生身の人間には自然だと思えてきたんですよ。

    本を食べてしまう設定は、作品の中でもっとも不可解な設定ですね。ですが、ちゃんと意味はあるんですよ。

    井上ミウの正体を、「味」という非常に細かな部分で感じ取り、正体をあばくことができている人物が天野遠子先輩ではないでしょうか。
    これはあくまで推測で、別に私が野村美月さんの友達だとかそんなことで言っているわけじゃないんですが、あれだけいつも本を読んで、自らを文学少女と豪語する彼女が「青空に
    似ている」を読んでいなかったとは考えにくいです。

    「おやつ」として書いてもらっていた文章は、わざとひどくして虐めていたという内容がありましたが、それでも細かな癖は味の中に見出せたでしょう。
    重要人物で、作家引退後も井上ミウの文学に触れることができていたのは遠子先輩だけです。

    口癖となっていた「ご覧の通りの文学少女よ」とかけて、朝倉美羽の騒動へのヒントを含む重要な設定ですね。

    説得力が完全でないセリフを用意したのは、素直さや天然っぽさを分かってもらうためかもしれません。

    まぁ、簡単な話、理解力が乏しい人のためにちょっとだけ原作者がヒントを仕込んでいたんです。

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